君の名前を忘れない

行ったトコ、食べたもの。写真置き場。か、もしくは存在証明。Yahoo!ブログから引っ越してきました

伝言メモ

ん~~ どこで書こうか迷ったけど、一番最近更新してないここへ、覚書。
 
今日のほんまでっかTVで「張り紙は子供の心を傷つけている」みたいな話が出てて(自分で合格! とか書くあれではなくて、冷蔵庫は閉めるとか電気は消す、とかそういう親からの注意の張り紙)
その理由はやっぱり「張り紙で書かれる」というのが冷たいからだ、みたいなことでした。
 
思い出したのが、やっぱり弟のこと。
 
私は母を早くに亡くしているのですが、ま、病気だったもので、当然病気がち→病院に行ったりしていて、学校から家に帰ってもおやつとか夕食とかがメモ書きのことも多かったんですよね。
 
もちろんなんのメモもないよりはましだし、病気だから仕方のないことで、私とかそれについて特にどうこう思ったこともなかったんですが……
 
母が亡くなってしばらくして、父子家庭になっていた我が家。
父が珍しく家で料理をしてくれて(私がしたり、通いの家政婦さんをお願いしていたりもしていたので父の料理はそんなに頻度が多いわけでもなかった)それをメモで残して夕方出かけてたわけです。
 
そういうことはそれまでも何度かはあって、それ自体も珍しいことでもなかった(月に数度はありました)
 
だけど、本当にあるとき、突然それを見た弟が、わーんって泣いてしまったんですね。
もう小学校の中学年になってて、しかもその時、父はその伝言を置いておいたにも関わらず帰って来てて(予定より早く帰れたらしい)単純にメモの張られた料理が残ってて、家族は父も私もそこにいたのに、弟が泣くものだから何かと思って。
 
でも、弟の話というか「どうしたんや」と父親が尋ねて、なんとか弟も自分の気持ちを説明しようとしたところを解読したところ、やっぱり母が病気で、帰っても誰も居なくて(私や上の弟もそれぞれに学校がありますし、常に弟を迎えてあげられたわけではないですからね)寂しくかったと。で、その日は逆に家族みんなが居るのにメモがあるから、ふとその寂しさを思い出して、たまらなくなって泣いたらしかったです。
 
母が亡くなったころ私はそれなりに大きくなっていたし、女の方が精神年齢は高いし、それを思うと、やっぱり下の弟なんかは私の想像できないような寂しさを感じていたんだろうなぁとその時はそう思った程度でしたが、今日の張り紙の話を聞いて、あぁ、言葉で書き置くというのは冷たい、寂しいっていうものなんだなぁと改めてこの話を思い出した次第です。
 
私はいないのが寂しかったけど、メモがあったのでそのメモに母の気遣いとかを感じていたのですが、もう少し小さい子にとっては、そういうことだったんだなぁと改めて感じた今日のほんまでっかTVでした。